[ 特別寄稿 ]

「事例の活用」こそが成功へのショートカットである

     酒井威津善

新しい取り組みは、1→1’で考える

このサイトを訪れているあなたはきっと、新規事業の立案や顧客への提案、もしくは近い将来独立しようと計画しているなど新しい取り組みをされている方だと思います。何かいい方法はないだろうかと、頭をフル回転させ、日々知的格闘をされているはずです。

そうした新しい何かを考える際、1つだけ避けてほしいことがあります。それは、決して「1から考えようとしない」です。

私たちは、「言葉が持つイメージ」に影響されて生きています。「新しい」という言葉にも「新しい=今までにないもの」というイメージを持ってしまっています。結果、新しい何かを考えるとき、つい「0や1」から考えようとしがちです。

ご存知のとおり、ビジネスに限らずどのような問題や課題であれ、その解決策をまったくの1から考えることは、単なる無謀でしかありません。もはやそれは「発明の領域」だからです。今から「野球」というスポーツを創造しようとするようなものです。無論、そうして考えた結果、「人類初」「世界初」のようなことが生み出せれば最高ですが、それは宝くじを当てることと大差なく、コスパが悪いことこの上ありません。

では、一体どのように考えればいいのか。ぜひお勧めしたいのが、1からではなく、すでにある「1」を「1’」にする考え方です。すでにある何かを土台にして、それを改良や応用する思考法です。

例えば、あなたが新しい事業を考えたいとしましょう。このとき、その「1」になるもの。それは他ならぬ「既に成功している事例」です。成功済の事例を土台にして、1’を生み出していく。これが成功へのショートカットになるのです。具体的な事例を交えながらその効果をご紹介しましょう。

ビジネスの成功例の多くが、既存事例の応用(1→1’)である

もはや生活に、そして仕事に欠かすことができないSNS。これも1→1’、つまりあるものを応用したものです。その基になったのは今から30年以上前に登場した「メッセンジャー」。相手のパソコンの画面にポップアップでメッセージを出すツールです。当時は、社内イントラの中で使われるのがもっぱらで、今のように外部の不特定多数とのやりとりができる機能はなく、メッセージはその都度消えてしまう代物で、ポストイットの代用品的な位置づけでした。

ここでお気づきになったかもしれません。そうです。このメッセンジャーツールに、ログ、つまり履歴機能が付加されたのが「LINE」であり、写真を付加したものがInstagram。顔写真を付け、実名アカウントを利用するようにしたものがFacebookの概念なのです。もちろん、それぞれの技術的な面はここまで単純な話ではありませんが、ただこうして見直すだけでも、新しいコミュニケーションツールとして世界を席巻したSNSでさえも、以前にあったものから発展、応用されたものだということが見えてきます。

もう1例挙げましょう。24時間借りてなんと2,000円という常識破りの激安レンタカーサービス、ガッツレンタカー(https://guts-rentacar.com/)です。全国に約150店舗を展開し、今なお拡大し、快進撃を続けているビジネスです。

24時間2000円。
とんでもない破格ですが、どうしてこんな価格で提供できるのか。実はここに隠れている「1」、その正体はビジネス書でよく事例として登場するサウスウエスト航空(https://www.southwest.com/)なのです。方や航空サービス、方やレンタカー。一見すると似ても似つかないこの2つのビジネスには共通点が存在するのです。

サウスウエスト航空では、所有する航空機はすべて同一機種を使用し、これによって、「メンテナンス効率」と「仕入価格の引き下げ」が実現していることは有名です。実はさきほどのガッツレンタカーも似た仕組みを持っているのです。レンタカーとして貸し出す車種をできるだけ絞り込み、結果、サウスウエスト航空と同様の効果を創出しているのです。

航空会社という別分野の成功例を土台にして、解決策を導き出す。まったくの1からどうすれば「格安で提供できるだろうか」と考えあぐねても、簡単にここへはたどり着けません。

事例の活用に付随するメリット

<1→1’>。事例を基にして、新しいビジネスを生み出す。この考え方はご紹介した事例のように直接的に成功への確度を大いに引き上げてくれるだけではありません。この考え方に沿って検討を進めていくだけで、少なくともさらに次の2つのような間接的なメリットが享受できるのです。

1)思い込み・ヌケ・モレを防ぐ゙
2)時間を節約する

1)思い込み・ヌケ・モレを防ぐ

新しい何かを考えようとする私たちの足元には、冒頭でご紹介した「1から考えてしまう」のほかに「思い込み・ヌケ・モレ」という思考のワナが潜んでいます。
このワナのおかげで散々な思いをされた方は少なくないはずです。
(検討すべきパーツやモジュールが「ヌケ・モレ」ていたら、どれほど優れたアイデアであっても機能しませんし、また勝手な思い込みによって考え出したものは、それ以前の話です)

事例をベースにした1→1’の思考法は、その過程によってこの3つのワナをかなりの確度で避けることができます。

例えば、先述したレンタカービジネスの場合、激安を実現する機能が何なのかを探り出すことに始まります。その基になる、つまり「1」がどのような構成になっているのか、詳しく分解して調べ、その要素を抽出していくという手順になるのが自然です。

この手順を例えるなら、スマホを部品単位まで分解していき、それをベースにして、新たなスマホを作り出そうとするイメージです。まったくの0とは断言できませんが、スマホってこういうものだろうというような「思い込み」や、必要なパーツやモジュールを見落とす「リスク」がぐっと下がることは明らかです。

2)時間の節約

2つめの付随メリットが今どきのワードでいうタイムパフォーマンス、いわゆる「タイパ」です。

1)で述べたとおり、事例をベースにして考えをスタートさせた時点で、必要なパーツやモジュールが何なのか、ほぼすべてが明らかになっていきます。ここを1から拾い出していたら、検証も含めそれこそ途方も無い時間を要するのは言うまでもありません。

タイム・イズ・マネーの言葉どおり、ビジネスは「時間」が最も優先順位が高い。事例を土台にして、分解し、必要な要素を抽出しながら、応用していく。この思考プロセスはこれ以上ない思考時間の節約の役割を果たしてくれるのです。

解決策のイメージに近い事例を探せ

あなたの取り組むビジネス課題がプロダクトであれ、サービスであれ、おおよその解決策イメージとそのコンセプトが固まったら、どうすれば実現するだろうと没入する前に、ぜひ、その解決策の素材になりそうな「事例」を探してください。

それはコンセプトがまだ緩い状態だったとしても構いません。いっそ事例ありきで、そのモデルから逆算して解決策を導き出すことも十分可能です。先程の激安レンタカーの事例でいえば、格安航空会社の事例をベースにして、他分野でこうした仕組みができないだろうかと逆順に考えてしまうのです。ここから、機能検証などに割く時間を減らし、テストマーケティングなど別工程に集中できる可能性を手にできるかもしれません。

解決策のヒントや候補になりそうな事例は、ぜひ日頃からストックしておくことをお勧めします。積み上がったあなた専用の豊富な事例集は、解決策の土台を探し当てる時間をも節約し、さらなる成功へのショートカットになってくれるからです。

著者プロフィール

酒井威津善(さかいいつよし)

TIS株式会社(旧東洋情報システム)にて10年間システム構築に従事したのち、不動産証券化、住宅販売、人材紹介、遊技機製造等で計12年CFO(最高財務責任者)を歴任。現在は株式上場から廃業手続まで携わった経験と独自のビジネスモデル分析手法に基づき、中小企業、個人事業主向けに、新しいビジネスモデルのデザイン、設計などのサポートを行なう。